平成も今年で終焉を迎えます。
現天皇の生前退位によって元号が改まり、新しい世代が新しい元号のもとでの日本を形成していくこととなるのです。
しかしサムライの統治の時代から「国民」という概念を持ち、その国民による国家形成を達成した明治の時代、世界を知るほどにその格差に驚愕と恐怖と焦りを感じた中心的日本国民は「欧米に追いつけ」ることを目標にして、富国を先送りにしてまで強兵に力を注ぎ、ただ一点の植民地支配への攘夷を敢行したのです。
この日清日露戦争は後の大東亜戦争や対米戦争とは明らかに趣旨が異なります。
弱小であるがゆえの言われなき迫害に真っ向から挑み、そして世界の誰もが信じられない勝利を導き、独立を勝ち抜いた戦争であることは間違いありません。
当時の明治政府はことごとく国際法を重視してすべてに臨み、経済、外交、軍事いずれも国内法よりも大概的な自国の立ち位置をこの国際法に委ねておりました。
こう言った明治新政府の規律性や相手を尊ぶ心とは、おそらくは明治新政府を司る要人もまたサムライ国家の精神を色濃く持ち合わせていたかにほかありません。
現代の政府、与党を始めとして政治家や行政はどうでしょう。
この明治を生き抜いた政治家の志や思考を、現代の政治家や行政人が一つでも持っているとは言い難い面が随所で見受けられることは、国民の一人として忸怩たる思いを拭うことができません。
特に日露戦争当時、戦略や戦術も日本軍は目を見張る物があったという論陣もおりますが、決して国家経済や軍事に関して、世界の列強国に対等する力量があったとは言えないときでした。
当時の帝政ロシア、膠着しきった官僚的構造の国家体制と行政、さらに日本人を未開発で圧倒的後進国の野蛮人と決めつけた慢心と油断、これらの集大成が真の敗北の原因であるということもいえるのではないでしょうか。
これはそのまま現代の日本に当てはまるとも思えて仕方がありません。
現代の日本は当時の帝政ロシアに見えて仕方がないのです。
官僚と政治家、この双方が保身に走り、国民の国家であることをないがしろにして、安全と安心という言葉を選挙のたびに使い、一方で国民に対し面従腹背の行為を繰り返す。
しかも今の我々にはそれに不満を持っても代替手段、選択の自由がないのです。
自民党以外には、いやもっと言うならば安倍政権以外には選択の手段を持たず、選択の自由は名目だけになっているという現実があります。
離合集散を繰り返す野党、そして自民党という巨大な政党の「金看板」に群がる政治家、どれもこの国家、国民にとって真の利益誘導者であるとは言い難いのです。
現実的に言うならば、議員になることで得られる「金と名誉」、これが日本の民主主義の国家体制を司る政治主幹になっています。
職業には明記されない名誉職としての政治家、そして多額の扶養金が国税から支出される政治家。
当選することが目的になり、何をするためにその立場にいるのかを失念しています。
政権奪取は政党の最終目標であるかのようになり、国政に望む崇高な意識と合理的な国政運営、そして国民に安全と安心を担保する国家体制の運営とはどうも違う現実が今の日本にあるような気がしてなりません。